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色の美しさで訴える

美しい色を用いることはどんな方にとっても最低限必要なことです。

色に罪はありません

どんな色でもよいのであなたが美しいと思える色を思い浮かべてみてください。その色はあなたが好きな色であったとしても、他の人からすれば嫌いな色かも知れません。だからといって一般的に汚い色というわけでもありません。

個人的な考えですが、世の中に美しくない1色というのは一切ありません。ひどい色というのは多くの場合、TPOに全く合わない色であるか、無秩序に色が組み合わさった状態なのです。色そのものに罪はなく、あくまでも配色した人間に罪があるのです。自分の好みを抑えて、色の組み合わせそのものが美しいかどうかという視点を持つことは配色をする上では非常に重要なことです。

色がひどいと思える時

ですが普段生活しているとおかしな色だなと思える状況にしばしば出会うことでしょう。それは着る物であったり、建物であったり、チラシなどの印刷物など様々な物が考えられます。

普 段見慣れている色だから気づかないことも多いですが、色が変わることによって強烈な違和感を覚える物がたくさんあります。例えば青色のみかんなどが存在す れば気持ち悪いことこの上ないですし、もっと微妙な変化であっても「腐っているのかな?」などと疑ったりすることでしょう。

自然の作った色にならう

美しい夕焼けの色に学ぶ先程申しましたように、時代によって好まれる色、流行っている色がありますし、個人の好みもありますが、多くの人は夕焼けのオレンジやや海の青、紅葉の色と 言った自然の色を見て、「ああ、なんて汚い夕焼けなんだ」とか「不愉快な紅葉だ」などと感想を持たれることはないでしょう。

つまり自然が作り出した色というのは意識して感じなくとも美しく調和している物が多いということになります。空気が悪くて空の色が濁っている状態というのは自然に反しており、人間はそういった状態を快いと思えないということになります。

その自然の色にならい、素直に受け取って美しいと思える、もしくは美しいと思えるようになるということは色を使いこなす上での第一歩と言えるでしょう。

色彩調和論を考える

色相環いかにすれば美しい色を生み出せるかというのは古くはピタゴラス・アリストテレス・ギリシア時代の哲学者たちによっても思索の対象となっていました。近代では誰もが知っているドイツの哲学者ゲーテも「色彩論」といった本を書いております。日本でも平安時代にはすでに自然の色に学んだ十二単などの着物の色の組 み合わせである「かさねの色目」などの様々な美しい色の組み合わせが考えられてきました。

そのような古今東西の配色の中から現代でも通用する考え方や美しい配色の例など修め、用いることが出来るのもカラーコーディネーターの能力の大きな柱となっております。

美しい色を提供すること

多くの場合はデザイナーが商品や製品の色を決めており、当然のことながら不愉快な色を作ろうと考えているのではなく、美しい色を提供しようと日々努力しています。色彩には様々な効果がありますが、決定するに当たっての前提条件となるのは、見ていただく人の期待を裏切らない美しい色を提供するという事になりま す。

逆に言えば誰にも好まれない色を用いることによって、他のあらゆる効果を否定するくらいのマイナスを生み出すことが出来ると いうことにもなりますので、美しい色を提供することは色彩調和論などを学んだカラーコーディネーターでなくともあらゆるデザイナーの最低条件といえると思います。

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